2018年07月20日

 "秘湯の宿"のワイルド?な湯 2018年 5月 3日 (晴)


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  旅館の様子はこんな感じ
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…緑に囲まれたとっても落ち着いた宿だった。
階段の窓が教会のステンドグラスみたい
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   (毎度の事ながら)とりあえず風呂へ向かう。


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 前述したが二つある源泉のうちナトリウム - 塩化物・炭酸水素塩泉(47℃)の赤湯が熊本地震の影響で涸れてしまい、現在はナトリウム - 炭酸水素塩泉(33.5℃)の白湯のみ。以前は赤湯だった湯船にホースで配湯している。もちろんかけ流し、やわらかな湯でとてもあったまる。

 そして手掘りの洞窟風呂がすごい。想像していたより広く、奥深いこの洞窟をどのようにして掘ったのか・・・温泉析出物もかなりの厚みだ。黒川の新明館もそうだったが九州の人は洞窟好きなのか???
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  男女それぞれ3種類ある湯舟(日替わり)を思う存分堪能した。

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    もちろん、料理も素晴らしい。
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 目前の海からあがる幸、悪いわけがない・・・し、養殖物は一切使わないというこだわり。 それぞれが素晴らしい器に盛られて、これでもかと登場。(舌がとろける・・とはこのことか・・と・・・・)
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焼酎片手に至福の時を過ごしたことは言うまでもない、オッサン達だった。
  





mackkmackk55 at 04:38│コメント(2)

2018年03月15日

PB240088  PB240082PB240079  数年前に大隅半島を旅してから、次は薩摩半島にも行かなっきゃとは思っていた。(開聞岳にはずっと前に登っていたがその時はそれだけだった)
  海沿いに鉄道もあるので今回は鉄道とバスの旅にしたのだが、その鉄路の終点がここ枕崎。台風の通り道としても有名だが、オッサンにとっては「鰹節」の町だ。 実はここ数年、東京での鰹節価格が高騰していることもあり、本場なら多少は安く買えるのでは・・・という思惑もあった。


PB240115  PB240134まずは駅前にある観光案内所で借りた自転車で市内散策。
IMG_1369 なぎさ温泉でいい湯と旨い飯をいただいた翌日「お魚センター」でなかなかの本枯節数本をゲット.。(東京の6掛けくらいの値段)IMG_1372 
  
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IMG_1392 燻蒸の煙に誘われて鰹節工場がある地域へ。
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PB250787IMG_1409 搬入されたかつおを丁寧に捌くお姉さんたち…
 写真をとってもいいかと声をかけたらよくわからないらしく、ボスのような方が現れた。(後ほど観光協会で聞いたら、ベトナムからのIMG_1411出稼ぎの方たちだそう)
  燻し用の木が並ぶ向こうに「立神岩」が見えた。


IMG_1414IMG_1420IMG_1423 現在では文字通り「終着駅」の枕崎も、ちょっと前まではその先があった。ちょうど薩摩半島を一周できるような形になる鹿児島交通枕崎線である。
 この区間が廃線になった時のことはオッサンも覚えている(1984年3月)が、駅の近くの(かつては映画館だったのではと思わせる)建物の前にその思い出が残されていた。


mackkmackk55 at 06:30│コメント(2)

2016年11月03日

      唐津から呼子へ・・・・・・    2016年 5月 3日 (雨)haiki_yobuko (116)
haiki_yobuko (113) <==その6へ戻る
 とにかく唐津にまではたどり着いたが、雨脚はますます激しくなるばかり。
 いろいろここでは見学したかったのだがせめて唐津城だけでもと、案内所で行き方を聞き、行ってみることにする。

 バスで向かうその道すがら、街中の素敵な佇まいを伺うことが出来たのだけれど雨はどんどんに強まってきた。

haiki_yobuko (118) haiki_yobuko (120) なんとか城の下のバス停には着いたものの、そこからもまた試練。大粒の雨と強風にあおられながらお城の入り口へ向かう、歩いてもいけるのだがさすがに今回は観光用のエレベータに乗車、城郭のすぐ下まで連れていってもらった。

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haiki_yobuko (122)haiki_yobuko (133)haiki_yobuko (139)   慶長7年から13年にかけて築城された城で松浦川の河口、北側の唐津湾に面した石垣が特徴だ。現在の模擬天守は昭和41年に復元されたもの。
   初代藩主寺沢広高は関が原の戦いなどの戦功により天草領四万石を合せ十二万三千石の大名となったが、その後に起こった島原の乱で寺沢家三代、藩主二代・堅高は天草領土を没収され、藩財政の悪化により自害し寺沢家は断絶した・・・・という。

haiki_yobuko (127)  ここhaiki_yobuko (131)でもキリスト教がかかわってくる。 豪雨の中で残念だったがそれでも天守からの見晴らしはなかなかのもの・・・(晴天だったら尚一層のものだったろう)
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haiki_yobuko (124)20160503 (245)  城の周りの植物も見事だが見学することはままならなず・・・
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  とりあえず、呼子行のバスに乗車。



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玄界灘を右に見ながらのんびりと進んでいく。その間に雨は小降りになってくれた。



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haiki_yobuko (175) この日の塒は「国民宿舎呼子ロッジ」。バス停からは宿の車で送迎してもらう。
  


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宿に荷を置
haiki_yobuko (165)いて、まずは港にある温泉に向かった。「呼子台場みなとプラザ」というhaiki_yobuko (161)鮮魚市場に併設された施設だが、内湯は人工温泉、なんとhaiki_yobuko (169)もしまりのないお湯だ。

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隣の露天風呂は半島の南東にある「高串温泉」から運んできた湯で,、内湯に入った後だとそれでも少~しは温泉らしい湯感があった。




      宿に戻っての夕食。


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haiki_yobuko (192)  もちろん名物のイカは透明でかつぴくぴく動く、抜群の鮮度。
  ゲソは塩焼きにしてもらい(天ぷらも選べるが)、その味を最後まで楽しんだオッサン達であった。  
  
                                その8へ==>

mackkmackk55 at 08:33│コメント(5)

2016年07月10日

 長崎から船に乗って・・・・        2016年 5月 1日  (晴れ)

     出島からはすぐの長崎港で船を待つ。その間に軽い昼食。アゴだしのきいたうどんが旨い。20160501 (143)

20160501 (146) そして向かう先は福江島。以前から気にはなっていたところだったのだけ20160501 (161)ど、なかなか行く機会がなかった。

   福江にはジェットフォイルで向かう。軍艦島ツアーで覚えあるマリア像を横目に見ながら、時速80キロという高速で海面を舐めていく。
 ダイヤにもよるが我々の便は中通島を経由しての福江行き。

20160501 (187)   ほぼ時間通りに福江港に到着。翌日同じ便の長崎行に乗るので島には24時間の滞在予定(本当は福江以外にも1泊したかったのだが・・・・・)。
  まずは有名な堂崎天主堂へ向かう。20160501 (193)20160501 (198)20160501 (199) 途中の道、右手の海が美しい。




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  1907年に建て替えられた赤れんが造り、ここは中が資料館になっていて入場できる(入館料300円)。 代々帳方(その年の祝日を決める役)に受け継がれてきた「お帳(暦)」やド・ロ聖教木版画など、禁教時20160501 (205)代のものから明治以降のものまで大変貴重な資料が展示されている。(撮影禁止だったので画はなし) また26聖人の一人聖ヨハネ五島の聖骨が安置されてい20160501 (207)るという。そういえば昨日長崎市内を歩いていた際、26聖人記念館?とかい20160501 (212)う標識があったことを思い出した。明日時間があったら寄ってみよう。



20160501 (216)  帰りに隣のお店でアイスキャンディを頂く。(ここでもらった「しまっぷ」というガイドマ20160501 (213)ップを見て、以後教会巡りをすることにした。)
  海の透明感がすごい。
  そんな海を眺めてしばらくまったり・・・・
  ・・・した後、来た道を戻って(距離的には先に進んだほうが近いのだが、狭い道なので行ってはダメ!とレンタカー営業所で言われていた)北西部の教会群へ向かう。
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 楠原教20160501 (245)会への道で見つけたのが「楠原牢屋跡」。
 ここは説明が必要だろう。(こちらも何だろう?って感じだったから)
 以下、五島市観光協会のHPからの引用。

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20160501 (240)  1868(明治元)年末久賀島からはじまった五島崩れはクリスマスの日に水ノ浦におよび、まもなく楠原のキリシタンも取り調べをうけて、仮牢となった帳方・狩浦喜代助宅に投獄された後、水ノ浦の牢に移された。・・中略・・・1995(平成7)年に解体され、翌年、牢屋跡横に、残された材木で牢屋が縮小復元された。敷地内には、1971(昭和46)年、「信仰の自由100周年記念祭」の時に立てられた「祈りの像」がある。
 




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20160501 (252)  楠原教会はそこからすぐ。
  こちらも煉瓦が美しい建物だ。側面にあるステンドグラスの窓がアクセントとなっている。
20160501 (256)  (信者の方たちの建物なので、心付けを置いて中を見させてもらうがもちろん撮影は禁止です)

  教会の前が茶畑っていうのも九州らしい。


20160501 (266) 続いて訪れたのが水之浦教会。海沿いの高台にある白亜の建物だ。
  同じように教会巡りをしている方も多く、先ほどの楠原でお会いした方とまた遭遇。
20160501 (258) 禁教撤廃後、いち早く建てられた教会はもともとは木造だった。現在の建物は信者たちの貢献により1938年に完成されたそう。
20160501 (259)20160501 (264)  ここにも楠原と同じファチマの聖母がおられる。



   続いて向かったのはここ、三井楽教会。
   かなり奥深い場所で迷いに迷ったが何とか到着。
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  タイ20160501 (271)ルの装飾が美しい、ちょっとラテンな感覚の建物。
  資料によると昔はここから東シナ海を行き大陸へと渡る航路の出発点だったという。

 海岸沿いの道を下りながら今宵の塒へと向かう。20160501 (282)
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20160501 (296)   何処までも透明な海が素晴らしい。 
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  で、ここが今夜の宿。
  「コンカナ王国」という名の、ちょっと不思議なリゾート?
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  ワインセラーがある、我々がイメージする「五島」とはちょっと違った感じの場所だ。
  
  その、ワインをいただきながらの夕食。
  (HPでつられて、牛肉プラン・・・五島牛ではなかった・・・にしてしまったのは、「せっかくここに来て・・・」といわれそう、って自分でも思ってしまったが)

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  ここには温泉もあるのが魅力だった。。。
  (そちらはまた次に・・・・)

                  その4へつづく==>

mackkmackk55 at 08:28│コメント(5)

2016年04月22日

    オホーツクで60になる   2016年1月25日
   と160125 (38)いうことはこのツアーに参加する際に解っていた(本人だから当たり前か)。

   しかし、いざその日が来るとちょっと切ない気分になる・・・・・なんてことは全くなく相変わらずお気楽オヤジのままであった。

   なので、今朝も早よから温泉三昧・・・とは、現在下界?にいる本人でも「いい加減にしろってば・・」といいたくもなるがどちらも同じ個体・・・仕方ない。
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 昨夜と同じ160125 (45)ようにやってるがここに何か温泉の由来の絵を置いてっから、見てみてくれ。
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  宿を出るとそこはまた銀世界、そして山を越える道が続く。
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  バス車窓からの屈斜路湖はほんの一瞬。
    オホーツク海を目指す。
   


160125 (107) 最初の下車地は濤沸湖。ラムサール条約登録の湿地だそ160125 (157)う。
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  湖は汽水湖で水鳥・湿地センタ160125 (171)ーという施設がある。  オオハクチョウで有名らしいが最近は環境に配慮して餌付けをやめたそうで、それ160125 (140)ほど多くの水鳥160125 (115)がいたわけではないけれど北国の冬を感じさせてくれる。対岸ではキタキツネが獲物を狙っていた。
 

  そしてビジターセンターと道を挟んだ小高い山の上の木にはオオワシとオジロワシがいた。
 雪のちらつく中なので画像はイマイチだが、こんな感じ。
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 さて、ここでまだ少し時間があるということで、予定にはなかった「北浜」の駅に寄ることに・・・。
  
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  オホーツク海を望む有名駅で還暦記念写真?を撮ってもらった。
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160125 (233)  そしてもう一か所、最後の下車観光はここ。
  「流160125 (232)氷博物館」だった。
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     例の”タオルを振り回すとカチカチにな160125 (258)る”体験をはじめ、(多分個人で行ったらいかないと思われる)施設を観光。しかしここも中国人観光客でい160125 (272)っぱいだった。

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  そして昼食、市内の「寿し安」という店。


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160125 (267)160125 (264)  見てのとおりのとろけるような海鮮丼を頂く。ウニ、イクラは全くダメなオッサンだが、こういうところでは口にする。これは「産地新鮮の法則」(と勝手に名づけているが)、要するに揚がったばかりのものは旨いとうこと。味噌汁はまたもや帆立、2年ものだそう・・・想像するに間引きされたホタテ君なのだろう。


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  帰りは女満別空港から空路で(飛行機が苦手なご夫妻と網走駅でお別れのあと)・・・
  737ウィングレット機上からは糠平湖や然別湖がはっきり見えた。

  あっという間にやって来た還暦だが、偶然にもこの北の地で迎えることになった。気持も新たに残りの人生を楽しんでいこう!と(まあ、結局たいして何も変わらないのだが)の思いで東京へ向かうオッサンであった。



mackkmackk55 at 22:45│コメント(4)トラックバック(0)