2013年06月

2013年06月07日

<2-3日目>  小浜温泉「旅館 國崎」 2013.5.4-5 130504 (114)

  この日の宿はここ。島原市からは雲仙岳を挟んで半島の反対側にある、小浜温泉の「秘湯の宿」。実はずっと前から一回泊まってみたかったのだ。橘湾を臨む海岸沿いに100度を越えるという高温泉130504 (115)が豊富に湧き20軒以上の宿が並ぶ小浜温泉だが、「國崎」は国道の一本奥の旧道沿いにある。
 DSC_0251 外観はしっとりとした民家風、部屋数9室の隠れ家的な宿だ。
  受付を済ませ、まずはロビーでおいしいお茶とお餅をいただく。130504 (120)

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 応接間風のその場所、雑然とはしているが、何故か旧い友人の家にお邪魔DSC_0253したような雰囲気があって心が落ち着く。脇には色とりどりの浴衣が130504 (121)あって選べるのも女性の泊まり客にはうれしいかも・・・。

  通されたのは6畳+αといった感じの部屋。
  細かい調度などには手作りって感じの装飾が施されていて落ち着ける。そういえば滞在中、男性従業員さんとは一度も対面しなかった。きっとそういうコンセプトでやっているのだろう。

 湯量豊富な小浜温泉だが、ここの湯は自家源泉。やはり100度近い湯を加水も循環(当然だが)もせず、熱交換のみで適温にしているという。
 湯処は4箇所、男女別の内湯のほかに貸切の湯船が3つある。その貸切湯は廊下のシグナルが供用中かどうかを教えてくれる仕組みだ。それもこの規模の湯宿だからできることだろう。

20130504_180615_25 まずは内湯へ。
20130504_180626_26_2 とろとろの源泉が溢れているが、さっぱりした湯感。
 泉質は弱アルカリ性塩化ナトリウム泉、PH7.8とのことなので身体を休めるにはいいころあいだ。 たまたま貸しきり状態だったのもあって、のんびりと旅の疲れを癒すことができた。


130504 (134) 新鮮な湯で身も心もさっぱりした後は、お楽しみの夕食。部屋でいただく。こんな処ならどうしたって新鮮な魚介類を期待する。
 もちろん!それはその期待にそぐわぬ絶品揃い。伊勢海老の甘さと鯛のこりこり感には負けました
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        当然のごとく、その他の料理も旨い。地味目だがこのふぐの煮付けは抜群だった。

  食後は貸切湯のひとつ「ひのき風呂」hinioki1へ。
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  こちらも木の香がうれしい、まさに食後にぴったりの湯だDSC_0594った。

 
  



 
  翌朝、まず目指したのは屋上?の露天だが廊下のランプは消えず、なかなか空かない。そして我々の向かいの部屋の男の子がずっと廊下で監視?している。さすがにそいつをさしおいてその露天に行くほどヤボではない。素直に空20130505_064240_43_2いた「岩風呂」へと向かう。20130505_065300_48
 ここはリク20130505_064558_47エスト(風呂場に電話がある)すれば湯浴み酒をのめるらしいが、朝から20130505_064545_46そいつは・・・とパス(当たり前か)。   帳場の裏に当たる場所で通りに面したところ。後からつくり足したのだろう。ちょっと暗くて写真はイマイチだがこの湯船、狭いのだがその20130505_065311_49分落ち着ける。
 
 

  
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   露天へは朝食の後、入ることができた。囲いがあるので外の景色は望めないが、それでもやはり開放感は抜群だ。

DSC_0239 そのDSC_0243後、オッサンは煙草買いがてら外を散歩。
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   風呂上りに心地DSC_0242よい海のそよ風だった。
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    埠頭では釣りを楽しむ方も多かったが、南国らしい雰囲気も・・・
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 オバマ大統領も来た・・・な、わけないか。


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  その帰りに買ってきたのがこれ。 「温泉入りパイシュー」だ。
 さくさくしたパイと甘くてもさっぱりしたクリームが絶妙だった。

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     そんな小浜温泉一泊。最後にもう一度ヒノキの風呂に浸かって満足するオッサンであった。


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2013年06月01日

             130504 (4)<2日目>  熊本から長崎へ 2013.5.4
   思いのほかよかった内牧温泉「阿蘇ホテル」、翌朝も温泉三昧のあとの朝食。
 明太子の一切130504 (1)れ以外はごく普通の旅館の朝ご飯だが、(よくある小袋入りではない)海苔の香りが素晴らしかった。やはり有明海のものか。
130504 (2) それと自分で炙って食べる厚揚げ、居酒屋メニューのようで楽しい。


  食後の腹ごなしに付近を散策。黒川を挟んで10軒以上の宿がある温泉街だが歓楽的な要素はない。このあたりでは「町湯」と呼ばれる共同湯も9軒ある、暮らしに溶け込んだ温泉街だ。
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その「町湯」のひとつ、「大阿蘇」でもう一風呂いただいた。

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 番台130504 (22)などはなく、料金箱に100円を入れて入る。
 湯船は大人4人が入れば一杯になるくらい。オッサンが入ったときには5人ほどの先客が居て満員状態だった。

  それでもその湯は新鮮そのもの。130504 (20)130504 (19)130504 (17)

   宿130504 (23)のそれとは違う、ちょっとぬめり感のあるとろとろの湯が惜しげも無くかけながしにされていて、その様子を見るだけでうれしくなる。
(しばらくあとに、ちょっとだけオッサン一人になった時があって、珍しく写真も撮れた)
  
 そして130504 (21)この脱衣場、まだ木の香りがしてとてもきれいなのだが・・・
 「ここ、一年前の大雨で全部流されちゃったの。それまではおんぼろだった」
 とのこと。
 自然災害は大変だがすぐにこのように復旧されたことを聞くと、地元の人たちの温泉に対する思いが130504 (25)伝わってくる。
  いい風130504 (27)呂に浸かったあとは再び温泉街を歩いて宿に戻る。
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  宿の玄関の脇には足湯があり大きな木が植えられてい130504 (28)た。ちょう130504 (29)ど側にいらした宿の方の話では「これはギンモクセイで、もう樹齢百年以上ですね。キンモクセイも中庭にあります」とのこと。そういえば昨夜、煙草を吸いに行ったときにあったような・・・

  10時前に宿を出て、あとはまっすぐ熊本港へ。途中、いくつかよさそうな湯もあったがなんせGW、フェリーが込むのは目に見えている。(宿で「湯巡り手形」というのももらったのだが、使えずじまい)
  熊本港DSC_0574に着いたのは昼少し前。乗船までの間に昼食を摂る。本当は本場熊本の「太平燕」を食べてみたかったのだが・・・それはお預け。(ただし、しっかりお土産として購入した)
 でもこのフェリーターミナルの食堂で食べたオムライスはなかなかのものだった。130504 (33)
 

  熊本港から島原外港までは約1時間の船旅。ずっと運転してきたオッサンにとってはいい骨休めになる。
  (その雰囲気だけ味わってください)130504 (34)130504 (35)130504 (41)





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130504 (62)  船旅気分を味わったあと、今回の旅のもともとの目的地である長崎県の島原市に到着。
  
    まずは、お城を目指す。
130504 (63) 島原城は1624年の建立、現在の天守閣は1964年に復元されたものだ。さ130504 (108)すがに連休中とあってかなりの人だったがとりあえず入城。
 城内は撮影禁止だったので写真は無いが階段を上がるとまずは「キリシタン史料館」。130504 (64)
 ところでオッサンの父親は長崎県のある島の出身だったのだが、昔そこに暮らす祖母から聞いた話があった。家の仏壇の奥には隠し扉のようなものがあってその中には「クルス」があるということ、そして島の北西の断崖には(当然小さな漁船でし130504 (67)かいけない場所だ)マリア像があるという。
  なので、刀130504 (70)の鞘や墓石の裏に密かにつけられた十字架や踏み絵の展示は興味深いものだった。
 もち130504 (66)ろん「島原の乱」についても多くの展示があり当時の様子が詳しく伺える。ただこの一揆の主な原因が宗教問題ではなく、むしろ経済的な要因(厳しい年貢の取立てなど)が大きかったということははじめて知った。要するに為政者が「キリシタン制圧」という、錦の御旗を立てて弾圧を行ったのだ。そう考えると、現在のイスラム教に対する態度と似ている。時代は変わってもこざかしいやつらの考えることは同じなのだ。
 130504 (71)     せっかくなので、島原の町も歩いてみた。 130504 (76)地方都市にはよくあるアーケード(オッサンの住む中野にも「サンモール」とい130504 (79)うやつがあるが)の商店街は何故か懐かしい感じがする。ご多聞にもれずシャッターが閉まった店も多かったが、休日と言う130504 (81)こともあったのだろう。 それでも洋装店や「高校生1割引」という喫茶店もあって、ふと青春時代を思い出す懐かしい町並みだ。

130504 (82) 向かった先は「鯉の泳ぐまち」。ごく普通の住宅街の側溝に鯉が泳ぐ一角。
 津和野をはじめとしてこういった町130504 (83)は全国にある。もちろん水がきれいな証拠だ。
 そこにある「しまばら湧水館」でまずは一服。雲仙の山に降った雨が長い130504 (85)年月をかけてここに湧き出130504 (86)ることなどを学習、名物「かんざらし」の講習会もやっていた。
 
 
 
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   その後は湧水庭園「四名荘」へ歩を進める。
130504 (102) 明治時代に建てられたという住宅庭園。その湧き水を活かした庭は正面と左側面の二方に池に張り出す形で縁を廻していて、一段高い座敷から庭園を見下ろすように、座敷と庭園が一体となった景観を形成してい130504 (91)る。
   
          この時期は新130504 (95)緑が美しい。

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  お茶を頂きながらのんびりと午後のひと時を過ごす。もとは個人の家宅だったそうだが、「こんな家でゆっくりと余生?をおくるのもいいね」などと夢のようなことを考えてしまうオッサンたちであった。
  130504 (104)130504 (105)130504 (107)  駐車した島原城へ帰る道すがらには温泉もあり心惹かれたが、今130504 (106)宵の塒へと向かわねばならぬ時間。その湯(くせのないまろやかな味)をちょっと飲ませていただいて城へと戻るオッサンたちであった。

   <==その1はこちら                その3へ続く==>


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