2010年01月15日

 正月休み明けから、鼻水と咳が止まらなかったので風邪だと思い、内科で総合感冒薬と咳止めを処方してもらった。米国から帰国の際の機内で咳が出てきたので乾燥のせいかとも思っていたし、鼻水はいつもの花粉症の症状だったので「杉のやつ今年は気が早いなぁ」とも考えていた。

 だが1週間経っても症状は一向に変わらず、快方に向かうどころかますますひどくなってきた。尾籠な話で恐縮だが、痰が絡むようになり会社でも周りの人に不快感を与えているのが気になってくる。

 風邪でないなら、と思い立って今日、いつも花粉症で厄介になっている耳鼻科に行った。花粉症のハイシーズン?とは違い空いていた。「やっぱり僕だけ?花粉じゃない!?」と思いつつ、診察台に座る。

 「あぁ、薬が切れましたか?」
いつもの花粉シーズンの合言葉のような先生の第一声。うーん何考えてんの、この前薬もらったのはもう2ヶ月以上前じゃん!まぁ、いつものことで、ちょっとここの先生は世間からずれている。(本当はそうでもないのかもしれないが、言葉がそんな感じなのだ)

 こちらが症状を説明し、内科で処方された薬がまったく効かなかったことなどを話すと、「じゃぁ、喉見ましょうね、はい」...「うーん、ちょっと腫れてますね」
「はい、次は鼻も見ましょうねぇーーー」....「うん、ちょっと薬つけますよ、痛いかも知れませんが.....」

 この、痛いのが次の検査?の伏線とは考えもしなかった。この先生、長いコードのようなものの先っぽに光るものを取り出している。

 (もしかしたらこれって、あの光ファイバーのヤツ?って思うまもなく)
「はい、ちょっと鼻から通して喉まで見ますね。ちょっと痛いかもしれませんが.....」
「えっ?、えー?」
「小学校の一年生でもやってますから大丈夫。まあ痛がった人は10人に一人位ですねぇ」
「はっ!、はー!」

 人の見舞いには何度も行っているが、いざ自分の番になるとちょっと恐ろしい(といって、それほどのものじゃないのだが) ま、人間なんてこんなもんさ。(勝手に自分を正当化!)

 結局、軽い「副鼻腔炎」という”ご診断”でした。
鼻の奥に炎症ができて、そこから膿が出て喉に降りてきて痰や咳のもとになっているというとのこと。花粉症の人は粘膜が弱くなっているので注意が必要だそうです。ご同輩諸君、気をつけましょう!

 って、何が言いたかったのかわからん独り言で本日のお開きです!



mackkmackk55 at 01:33│コメント(2)トラックバック(0) │

2010年01月09日

実はブログをはじめようと思ったのは歳をとるにつれて記憶があいまいになっていたからでした。
よく、「ボケ防止のために書いてます」っていう人がいますが,ほんとにそんな感じです。まぁ、いわば自分にとっての備忘録みたいなもんですね(すみません)。ブログをはじめるトリガーになったのは前からやっていた友人からの勧めでしたが、まだまだ実生活には追いつけません。とりあえず今日は(本当は昨年暮にアップしようと思っていた)「こいつ」をやっつけます。

2009年に行ったコンサート&ライヴの一覧です。

1.28 J.D. Souther @ Billboard Tokyo
  久しぶりのJD、ソロのステージと聞いて心配してましたが、やはりはじめはチョイ”?”。でもだんだん乗ってきていい雰囲気になってきましたよ。終了後の喫煙ルームでも「良かったね」という話で盛り上がりました。ただ、翌日も行った友人によると次の日はひどかったとのこと。ラッキーだったのかも

2.19 Eric Clapton @ Budokan
  これは定番。間違いなしですね。

3.11 Rod Stewart @ Budokan
  こちらは久方ぶりの来日。もう歳も歳だからと思っていましたが、さすがエンターテナー。もともとかすれ声が魅力だったからより拍車がかかったのかも?彼が蹴ったサッカーボール、しっかりゲットしましたよ(moltenのボールにサイン入り)。一緒に行ったロッドファンクラブの元会長さんに贈呈しました。

4.3 Christopher Cross @ Billboard Tokyo
  ビルボードから招待券が送られてきた(アンケートの結果?)ので行きました。風貌は変わらずでしたし(昔からおっさんだったしね)、あのハイトーンも健在でした。

4.11 Amos Garrett @ Club Quattro
  エイモスは何回目?ってわからないほどですが、いつもやさしい隣のギター弾きのおじさんって感じです。それよりこれでトムズキャビン主催のライヴ見納めってことのほうが!!共立講堂のGrismanからずっと見てきた(途中のブランクも含めて)僕にとってはもっとがんばってほしいという気持ちと、昔自分がやってたブルーグラスのコンサートなど思い出すといろいろな面で仕方ないかなって考えつつも(長いって)、残念に思います..........麻田さんありがとうございました。

4.?? Tatsuro Yamashita @ Nakano Sunplaza
  達郎さんはやっぱりサンプラザ!相変わらずのパフォーマンスで楽しませてくれました。ところで、SEのNさん今年は一緒に行きますか?

5.11 Karla Bonoff @ Billboard Tokyo
  前回はパスしましたが、”ブリンドル”含め毎回行っているカーラ。前々回は”Flying High"をリクエストして怒られた?のでおとなしく聞いていました。

5.24 Feria de música latina @ すみだトリフォニーホール
 ラテンとフラメンコのコラボ。友人の宮川君のギター、小川紀美代さんのバンドネオンなど、まさにラテン系の楽しさあふれるコンサートでした。僕は昔から"蛇腹大好き"なので堪能できました。終了後、カミサンが小川さんのCDを購入。ベースがD.Hollandっぽくて面白いですよ。(ちょっとミキシングに注文ありですが)
 あの”T”売れば良かったのに。(赤字解消の一助になるよ!もとコンサート主催者より)
  
5.27 Dan Hicks & Hot Licks @ Club Quattro
 まだがんばっててくれました、トムズ。ダン・ヒックスは誰が聞いても楽しめます。相変わらずのエンターテイメントでした。

6.10 Fruta Fresca @ El Flamenco
  ロッカメンコの長谷川君と有田君が参加する、前年も高田馬場で楽しめたライヴがエルフラであると聞いて参入しました。もちろん十分たのしんで、お後は四谷で定番の焼酎を楽しみました

6.29 Asylum Street Spankers @ Club Quattro
 チケット買ってたのに行けなかった。悔しい! 

7.11 Simon & Garfunkel @ Tokyo Dome
 チケットが あまりも高いのでやめようかとも思ってたのですが、大学の後輩から電話があって後押しされるような感じで行きました。前回行ったのが後楽園球場だったので時代の変化を感じます。ずっと一緒に口ずさんでました。

??.?? Akira Miyakawa & Ai Orui @ 洗足池 テラス・ジュレ
 確かこの頃だったと思うのですが(後で直します)トリフォニーで共演した二人のライブに行きました。

9.25 Doobie Bros. vs The Derek Trucks Band
 ドゥービーはともかくデレクが見たくて行きました。”My Favorite Things" かっこよかったよー

9.28 Donnie Fritts @ O-west
  まさか、Donnie のライヴを日本で見れるとは!!!!!
という、驚きのコンサート。メンバーも D.hood 、S.Boyer はじめ、あのマスル・ショールズの音がよみがえるようなステージでした。
 ところで、二十数年前Donnieが来日した時の、Kris & Rita のプログラムをもって終了後のサイン会に並んでいた時です。麻田さんが「それちょっと見せて」っていったので「あの時歌いましたよねえ」といったらちょっと恥ずかしそうでした。(ごめんなさい)
といいつつなんとか TOM’S再々復活 を期待してます。

10.11 Rita Cooligde @ Billboard Tokyo
  D.Fritts から2週間後のRitaのステージ。最近はスタンダードジャズが中心の音楽活動と聞いていましたが、Kris の唄も2曲やってくれて楽しいステージでした。思っていたよりアップビートでしたし、一番前の席だったこともあってアイコンタクトが取れた?のも良かったです。(そういえばこれも招待券で行きました)

11.11 Ry Cooder & Nick Lowe @ Orchard Hall
  こちらもおなじみの二人ですが、期待に応えるステージぶりでしたね。

11.20 Akira miyakawa  @ テラス・ジュレ
 久しぶりの(僕にとっては)ソロライヴ。じっくり楽しみました。

12.12 Celtic christmas @ すみだトリフォニーホール
 Plankton さん主催のこのコンサートも何回目でしょうか?アイリッシュ好きには眼が離せないイベントですが、今回はぜんぜん知らなかった”Anúnu"がすごかった。無伴奏(アカペラっていうのともちょっと違う感じの)コーラスはもの凄く深みがありました。もちろん、”Altan"のステージは相変わらずパワフルで良かったのですが......最初に来日したときを思うと、このホールをいっぱいにしていることが驚きだし、またここにこんなに集まってくる日本人がいるってことが、まだまだ日本って凄いじゃないのって勝手に感じました。デフレも不景気も関係ないぞ!ってね。

12.31 Roland J and the Gringo All Stars @ Hermis Fair Park , San Antonio, TX
 年末はサンアントニオでカウントダウンでした。このバンドの前に2つのバンドが演奏していたのですが最初のバンドはアキバ系っぽい女の子がボーカルでしたよ。その辺はまた後ほど。なにより大勢のサンアントンの人たちと一緒にNew Year を迎えられたのが楽しかったです。


 他にも行こうと思いつつ行けなかったのもたくさんあったので、去年はあまりライブいってなかったと思っていたのですが、今、振り返ると結構いってますね。このほかにもいったのにもかかわらず覚えてないのがあるかも....
 皆さん! 今年もいい音楽聴きましょう!


mackkmackk55 at 16:03│コメント(4)トラックバック(0) │

2010年01月04日

PB140038 面河渓を後にして、今夜の宿の古岩屋温泉に向かう。といっても来た道を戻るだけなので、沿道の紅葉を愛でながらゆっくり走っていく。本当は直瀬を通って棚田(まあ、もう稲穂はないだろうけれどね)をみたり、「ふもと温泉」に浸かって見たかったりもしたかったのだが、朝の出発も早かったし予定以上に歩いてしまったしでちょっと疲れ気味だったので宿直行にしたのだった。

 
095_13 古岩屋というのは数千万年前の地層が隆起浸食されてできた礫岩峰で、そんな岩峰がいくつもそびえている様はちょっと日本ばなれした光景だ。いくつかの穴があいている岩もあり、まるで古代の住居跡のようだ。ちょうどこの辺りがこの時の紅葉のピークのようで、紅や黄色に彩られていた。
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 ここの宿に予約の電話したのは約10日前、あいていたのは洋室一部屋だけとのことだったのだが、着いてみるとその人気ぶりもわかる

103_21  多くの人たちは札所を巡っている方たちで、すぐそばに古岩寺という札所があるのだ。しかも遍路道の間には珍しく温泉もあるのでからだを休めるにはもってこいなのだろう。108_26














 実際、夕食の際となりになった方は東京からきた77歳のご主人と奥様の夫婦で、一日の限度キロを決めて回っているのだという。僕の親と同じ位の年齢なのだが本当にお元気ですばらしい。ここでは古岩屋のラベルのついたワンカップをおいしくいただいた。093_11_1

 温泉は沸かし湯だが、まあまあのお湯で岩風呂がすばらしい。しかし、朝風呂できないのが残念だった。

   翌日、いろいろ行きたいところはあったのだがとりあえず日本三大カルストといわれる四国カルストの頂点に行ってみようと思った。その道すがらも各所に幟があってやはりこの土地のお遍路さんへの心遣いが見えてくる。

 また昨日の道を戻り、突き当たりを右折して国道33を南下、落出のループ橋を通って黒川沿いの道をたどる。天狗高原を目指しカーナビに従って高野本川に沿った林道に入っていく。この道は車一台やっと通れるほどの細い田舎道だ。集落を過ぎ完全な山道に入ると、途中落石が道にいくつか落ちていた。そこを過ぎると、おや?おかしい!....もしかして?....走行が変だ!...車を止めて見てみると......なんと、左前輪がパンクだあ!

 とりあえず車を止められる場所でタイヤ交換しようと駐車。まあ仕方ないとジャッキアップ、スペアタイヤに交換しよう。と、ところが...ジャッキアップしたあとがままならない。どうやってもホイールのボルトが緩まないのだ。体重を乗っけてみてもびくともしない。携帯を取り出すも圏外だし、そのままなんとかタイヤを替えようといろいろやってみたのだがどうにもならないので、あまり気が進まないがタイヤをつぶす覚悟で、とにかく携帯がつながる地点まで徐行して行くしかないと判断した。(その間、人はもちろん車も一台も通らなかったのだ)

 結局、天狗高原のビジターセンターまで行って、JAFに電話することになった。(レンタカー会社もそうしろと言った)114_32
 
待つこと50分、四駆に乗ったおじさんがやってきた。状態はわかっているのですぐにタイヤ交換をしてくれ117_35たが、このプロの方にしてかなりボルトの締めはきついらしい。長い補助の棒を駆使して交換してくれた。これで1万700円。聞いたら今日は休日で檮原から来てくれたという。

 「あー、じゃあ高知県からですね」 とアホな言葉を発してしまった。(そこもすでに高知なのだったのに)

 気持ちも萎えてしまったし、カルストの道をドライブしようと思っていたのだが、とにかくいい道を通ってどこかでタイヤ交換しようと、結局僕らも檮原町からの道を行くことにした。日曜日でもあり山中の土地なのでなかなかタイヤ交換できるような店はない。まあ最悪はゆっくり松山まで戻ってもいいのだが、それも落ち着かない。そんな感じで走っているうちに道の左に四万十川が流れている。見ると、やはり沈下橋がある。なんとなく落ち込んでいた気持ちだったが、それを見ることができただけでこの遠回りも許せる気になるのだった。そのまま国道107を進み宝泉寺温泉を過ぎると、ちょっとにぎやかな町、なんかイベントのようなものをやっている。そこにあるSSでタイヤセールをやっていた。

 タイヤ交換の間に軽い昼飯、といってもまともな食堂はない。イベントの屋台ももうほとんど店じまいしている。とりあえずあいている屋台と道の駅の売店で軽食を調達、なんとか腹に収めてまたSSにもどった。

 さてこれからどうしよう。当初は小藪温泉と内子、できれば下灘駅まで行ってみようと思っていたのだが.....もうあまり時間はない。
 
 とりあえず国道を進んでいく。 でもすぐに小藪温泉への分岐が眼に入る。「まだ、ちょっとだけ時間あるか?」 うん、行ってみよう。 と左折して温泉への道へ分け入っていく。
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 そうして着いた小藪温泉!建物と言い、温泉といいやはりここへ来てよかった!といえる温泉だ。
 男湯の湯船は木で作られていて、湯もやわらかくてよろしい。数人の方が先に入っていたが、そのうちの一人はわざわざ松山市から来ていた方でやはりこの温泉が気に入っているらしい。帰りの時間を聞くと渋滞もあるので1時間30分は見ていたほうがいいと言う。それを聞いて残念ながらあまりゆっくりできなかったが、それでも今日のアクシデントを忘れることができるほどのんびりすることはできた。

 その方(僕よりひとつ年下だったが、前年に銀行を退職したとのこと)の話で面白かったのが愛媛の中でも土地柄があると言う。(あくまでも僕が理解した範囲なので正確ではありませんが)

 もし、宝くじで100万円あたったら?

 ?東予のひとはそれを投資する。工場など生産に使って増やす
 ?南予のひとはそれを隣近所の人たちとぱぁーと飲んだりして使う
 ?松山のひとは毎日温泉に浸かって一月かけて使い切る

だそうだ。 正しいかどうかはともかく、なんとなく土地柄のようなものが見えてくる気がした。どこに行ってもその土地の人との話は楽しいしそれが旅の醍醐味だと改めて感じた。


mackkmackk55 at 19:41│コメント(4)トラックバック(0) │

2009年12月22日

  そこは何もない場所で、舗装道路が遠くの山並みへ続いていた。頭上の空はどんよりと鬱陶しい雲に覆われていて、今にも一雨来そうだ。電信柱が一本、それも古い木製の柱が立っている。道の左手には雑木林があり細い道が林の中につけられていた。僕はなんとなく惹かれてその道に分け入った。

 気がつくと、渓流に沿って歩いていた。かなり流れの早い川で水は限りなく青く、向こう側は切り立った山になっている。そのまま歩いていくと人の声が聞こえてきた。何人かの外国人が木の船で渓流下りをしている。観光地の船下りのによくある船のようで、そんな船で素人が遊んで大丈夫なんだろうか。なんて思っていると、
 「一緒にやらない?」
と声をかけられた。ちょっと面白そうではあったが
 「ありがとう、でも行くところがあるから...」
と、やんわり断った。
 「そう、じゃあまたね」
彼女はそう言って、また仲間のところに戻っていった。

 そのまま少し行くと右手に鳥居があり、石段が杉の林の間につけられている。
 「どちらへ行かれるんですか?」
突然不自然な日本語で声をかけられ驚いたのだが、もっと驚いたのはその人が神主だか宮司だか(その辺の区別はよくわからない)の格好だったことだ。まあでもよく考えれば場所柄不思議でも何でもないのだが。声の主は緑色の瞳のやさしそうな青年だった。

 「いや、ただなんとなく歩いてるだけです。」
 「そうですか。ではこの上にある神社のそばから温泉街を通るバスが出ていますので、その路線図を作ってみませんか」
 「路線図?」
 「そうです。バスは走っているのですが路線図がまだできていないのです。」
変な話だなとは思ったのだが、なんとなく興味を抱かせた。
 「この石段を上がっていけばいいんですね」
僕が言うと、彼はニコニコしながら言った。
 「では、お気をつけて」

 バスはすぐに来た。
乗ったのは「神社前」というバス停で「温泉上」、「温泉中」、「温泉会館前」と順番に通過していく。いつもの僕だったら絶対に一風呂浴びるところだが、なんとなく路線図を作るという使命感に燃えていたのでそのまま乗車を続けた。「温泉下」、「温泉入口」と来たところでバスは停車した。ここまでの停留所はあまりにも安直な名前で覚えやすいが、この先はどうなのだろう。すると、
 「今日はここが終点です。」
と、アナウンスが流れた。今日は、ということは普段はもっと先まで運行しているのだろう。降りるときに運転手に聞くと、この先は週に一回のみの運行だという。ならばもう少し先まで行ってみよう、と思いその先の道を聞いて歩いてみることにする。

 道を聞くといっても一本道でそれしか道がないのだから迷いようがない。温泉街を外れると、どこにでもありそうな畑や田圃の中を行く道だ。家もなくなり、周りはただの野原になってきた。まだ次のバス停はない。道の舗装も途切れて、砂利道となった。まもなく朽ち果てた白い看板が目に入った。「自然農園」と書いてある。気がつくとそこにバス停があり、やはり「農園前」という停留所だった。農園といっても雑草に覆われた土地があるだけで事務所も民家もない。でもバス停の名になるくらいだから、昔はもっと活気があったにちがいない。いや、もしかしたらこの雑草だらけに見えるところがそもそもの「自然農園の畑」なのかもしれない。なんとなく気にはなりながらも僕は先を急いだ。

 だんだん道もひどくなってきて、水たまりを歩くようになった。こんなところをバスが通るのだろうかと思いながら左に大きくカーブする道を進んでいった。ゆるい下り傾斜になった道は、このあたりまで来るとほぼぬかるみ状態だ。しばらく行くとこれもかなり朽ち果てた木戸があり、「関所前」というバス停があった。そこにはまた高札のようなものも立っていて、
 「ここは株式会社〇〇農園の管理地ですので通行には許可証が必要です。許可証は農園の看板の下にあります」
 と書いてある。株式会社というのに違和感もあったし、そのまま行っても大丈夫かとも思ったが、後で何かあっても困るのでさっきの場所まで戻ることにした。

 看板のところまで戻ってよく見ると、「自然農園」という大きな文字の下に『完全自然農法の農園、分譲中(1反500万円より・営農指導付)。 周囲の環境に影響が及ぶので自然農法を守れる方に限ります。 〇〇農園』とあった。こんな場所なのにずいぶん高いんだな、と思いながらも一番下にあった「通行許可証はこちら」の箱からそれを一枚取り出した。

 また水たまりの道を戻ると左にカーブしていたところの右側に、先ほどは気づかなかったのだが白い建物があった。人工の大理石かなんかでできていて、こんな場所には不似合いな建物だ。近づいてみるとまるで地下鉄の入り口のようなつくりで白い階段が地下へと降りていっている。僕はバス路線図のことをすっかり忘れて吸い込まれるようにその階段を下りていった。

 下からはひんやりした風が上がってくる。何度かコの字に曲がって降りていくとさっきの青い川沿いの道に出た。でもそこは洞窟のようになっていて、まるで鍾乳洞の中の流れのようだ。それにしては昼間のように明るいのもおかしいのだが、実際そうなのだから仕方がない。不思議に思いながらも歩いていくと、まだ外国人たちは川で遊んでいた。
 「またきたのね」
 「やぁ、また会ったね」
さっきの彼女と話していると、後ろから声をかけられた。
 「どうでした?」
なんとあの緑眼の宮司が今度は牧師のいでたちで立っていた。
 「いや、歩いてきたらまたここへ出ちゃって....」
バスの路線図の件があったので、なんとなく後ろめたい感じがしてそう答えた。
 まわりを見渡すが、もう鳥居も石段もない。そこで、ようやくこの事態の異様さに気がついた。
 「でも、なんで......」

青年牧師が洞窟の天井を見ながら言った。
 「ほら、あそこに鍵穴があるでしょう。あれがココロのカギ穴なんです。そのカギが上の世界とここを繋いでいるのです。それを知ることはとっても大切なことなのです。」
 僕は眼を凝らしてその方向を見つめた。が、どこにその鍵穴があるのかは分からない。不思議な模様を浮かべてた鍾乳石をずっと見ているうちにめまいがしてきて、僕はその場で倒れこんだ。

 気がつくと僕は最初の雑木林の脇の舗装道路にいた。電信柱も空模様も何も変わっていなかった。

 僕はひとりぽつんと立ちながら、今日のできごとのことを考えた。この世界にはいろいろな人や、動物や、植物が生きていてそれぞれが鍵や鍵穴を持っていること。そしてそれは時に合ったり合わなかったりするように、日々何かが変わっていくこと.....
 でもきっと僕たちは誰かの「ココロのカギ」を開けることで自分の「カギ」を開けてもらったり、またその逆のことをするために(したりしながら)生きているのだと思う。
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 夢は何らかの現実世界からの投影なのだという。
 きっと睡眠中に「ロスト・トレイン」のストーリーが頭の片隅を支配したのかもしれない。 


mackkmackk55 at 21:07│コメント(1)トラックバック(0) | 

2009年12月15日


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 四国のドライブは快適とは言い難いが、断然楽しい。そこでは海岸線から少し内陸に入るとすぐに山間部を走ることになる。それも暗い谷の間だったり、深い森の中を抜ける峠があったり、また棚田が重なる山里だったりするから....。快適と言い難いのはそのような土地を走る道であるため、国道といえども狭い道が多くすれ違いに苦労するからだ。
 
  沿道にぽつりぽつりと現れる集落は、都会からきた旅人には何か懐かしい感じを抱かせる。狭い陸地に剣呑な山々の並ぶ四国山脈が東西に伸びていて、そこからいくつかの河川が海に向かって流れている様が日本列島の縮図のようであるからとか、有名な八十八の札所の存在ゆえとか無理やりこじつけたような理由を考えたくなってしまう。
 
  今回は四国一の標高を誇る石鎚山の南側にある「面河渓」を訪ねた。当初は赤石山系のどこかに登ろうかと思っていたのだが、11月も中旬に012_11なり日も短くなるし、寒さも厳しくなってくるので日和って観光旅行に切り替えたのだった。
 
 松山から国道33号線を南下、砥部町を経て久万高原町に入っていく。久万町で左折して岩屋寺を通り、直瀬川に沿って進んでいくと面河川との合流点で突きあたる。今度はその面河川を遡上する道に入って石鎚スカイラインを右に見ると面河渓の入り口である。
 そこにある面河山岳博物館に車を止めてまずは博物館を見学、地図と予備知識を入手した。

 渓谷沿いの遊歩道を歩いていくと、清冽な流れが清々しい。思ったより観光客は少なくその点も好ましい。この辺で紅葉は盛りを少し過ぎたところ、ということはおそらく一週早ければ結構な人出だったに違いない。もっと上流ではもうほぼ散っているのだろうか。

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  のんびり15分ほど歩くと車道に出て、そこからしばらくはその道を行くしかない。その間、何台もの車が僕たちを追い越していく。何だ、みんな一番奥の駐車場に車を止めるのか。どうりでさっきの遊歩道が空いていた訳だ。

024_23  しばらく歩くと川の対岸に国民宿舎が見えてきた。かなり年季の入った建物だ。若かりし頃、いろんな場所でお世話になった公営国民宿舎を思い出す。周辺は浅瀬になっていて、「五色河原」と呼ばれている。ガイドブックによると水の青・苔の黒・岩の白・藻の緑・紅葉の赤の5つの色で彩られるところから名付けられたそうだ。道は国民宿舎の先で渓谷に沿って二手に分かれている。左俣の流れは鉄砲石川といって色々な岩や滝があって面白そうだが、今回は初めての訪問でもあり敬意を表して(?)面河川本流沿いの道を行くことにした。
 PB140018
 
 ちょうどそのあたりで12時前になったので腹ごしらえにと、「渓泉亭」という食堂に入った。
 アメゴの甘露煮がのっているという面河うどんの昼食。四国のうどんはどこで食べてもコシがあってよろしい。つゆは若干甘かったのだけれどね。


046_7 食堂を出てすぐに橋があり右岸へ渡る。徐々に勾配も出てくる道を辿っていった。最近山に行ってなかったので木々の香りが懐かしい。枯葉を踏みながらフィトンチッドを思い切り吸って歩いていく。第一キャンプ場を過ぎちょっと行くと紅葉河原というところがあった。ここでご婦人が二人、一人はスケッチ一人は写真を撮っている。僕らもそこで一休みだ。
031_30 水の流れは小気味よい。そこで僕たちも10分ほど休憩、のんび~りする。

 どんどん歩いていくとまたキャンプ場があるが、まぁこの時期もちろん誰もいない。(ここには新しいバイオトイレがあって、帰りにお世話になった。) 
 
  PB140029
  その先には下熊渕・上熊渕という二つの渕があり、そこからすぐが石鎚山への登山口だ。この夏月山で会った山口県の方が、石鎚に登るのはこの道がいいと教えてくれたのだ。前に登った時にはお定まりの成就社からのコースだったので次回はこの道を辿ってみたい。

055_16053_14  もう一度橋を渡ると、まだ道はつづいているものの通行止めになっている場所に到着。ここにあったのがこの「虎ヶ滝」。ここには東屋があって休憩できるようになっているが、地図に書いてあるWCはなかった。

 帰りは展望台のあるコースを迂回して帰ったのだが、これは結構山登りに近いアルバイトを強いられる。それでも久しぶりの山歩きに気分は爽快、気持ちよくパノラマを眺めながら着いた先はさっきの国民宿舎の裏手だった。



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